2011年11月1日
2011年10月8日(土)〜11日(火)まで、15年ぶり2度目のベトナム、ホーチミンの訪問をしました。チャイナリスクにより人件費の上昇の続く中国からベトナムへの経済進出がクローズアップされています。最初に行った時は、ベトナム戦争でアメリカに勝利した共産党独裁の国にまさか自分も行けるとは夢にも思いませんでした。
ベトナムは南北に細長く、日本の九州を除いた面積に8,600万人の人口をかかえています。海外からのベトナムへの投資は、台湾、韓国、シンガポール、そして日本の順となっています。海外からの工場進出の集積が進んでいないため、部品の国内調達が難しく、部品点数の少ない組立て産業の進出が多いようです。年間の賃金総額は、進出日系企業のデータによりますと作業員で3,600万ドン(約140,000円/年)、マネージャーで1億9,981万ドン(約774,000円/年)となっています。貨幣の数字でわかりますように、ベトナムは超インフレ経済であり、銀行借入の金利レートが21%にもなっており経済発展の足を引っ張っているようです。ベトナムに華僑はいません。軍事大国の中国とは戦争しないようにして、アジアの地域やアメリカ、特に日本との経済関係を重視しているようです。
最近高層ビルも多く建てられていますが、市内には地下鉄もなく市民の足はもっぱらハチの群れのように走るバイクが中心で、普及率は97%だそうです。共産党独裁なのですが、インフラ整備事業などで中国にみられるような住んでいる人まで含めて強制収用・撤去はせず、あくまでも話し合いによる収用をするため時間がかかるということです。インフラ整備にはまだまだ時間がかかりそうです。
ベトナム戦争でアメリカ軍が使用した枯れ葉剤で胴体がくっついて生まれたドクちゃんの生まれたツーズー病院(産婦人科、小児科で病床1,100床、外来4,000人/日)も訪問しました。ベトちゃんは今から5年前、26歳で亡くなったそうです。ドクちゃん本人に出迎えていただきました。現在31歳でこの病院の総務課に勤務しています。結婚して男の子、女の子がおり、フジ、サクラと名前をつけたそうです。ドクちゃんに案内されて入った標本室には、奇形児で死産した子供の標本がずらりとホルマリン漬けになっておりあまりのむごさにカメラを向けることも出来ませんでした。
枯れ葉剤散布で、葉っぱが1枚も生えない地獄絵図のような中で、ベトコンがどのようにして生き残ったか。カンボジアからの補給路の中間点にあったクチの地下トンネルに行ってきました。地下にアリの巣のように3層にわたって作ったトンネルは、幅が狭く高さは1m40cmぐらいで、アメリカ人の体格では入ることができません。地下の食堂での飲事は、早朝モヤのかかっているうちに1回/1日、空気孔はアメリカの軍犬の嫌いな白アリの中心から引き込んで常時150人くらいのベトコンが潜んでいたようです。私達も30mくらい入ってみましたが、腰は痛くなるし、真っ暗で頭はぶつけるで大変でした。その他、落ちたら串刺しになるような落し穴など見せられましたが、アメリカ軍でも勝てない訳です。
戦後、ソビエトからの援助で、枯れ葉剤を中和する薬剤を散布したりして3年後には米がとれたそうですが、食べられるようになるまで8年もかかったそうです。ベトナム人と接触して感じることは、同じ共産主義国家でも「中国人よりは信頼を置けるな」と思ったのは、私達だけではないようでした。
代表取締役・公認会計士
三澤 壯義